イカ狙い。行き先は兵庫県豊岡沖
慢性的に仕事量がオーバーしていた。したがって、釣りにまったく行けていない。鬱々とした気分でNANGAの展示会を訪れた。
NANGAの横田智之社長と弟の敬三さんと会うのは久しぶりだった。僕はNANGAのビジュアルやカタログなどのアートディレクションを担当していて、彼らとは10年くらいの付き合いだ。NANGAはアウトドアショーに参加するためにコロラド州デンバーを時折訪れる。最終日はご褒美的にブラウントラウトを釣りに行くのが慣わしになっていて、彼らとは釣り仲間でもある。
久しぶりの再会となれば、どうしたって釣りの話になる。聞けば最近は、「イカメタル」にハマっているという。イカメタル?! 僕はイカ釣りには不案内なのだけど、この釣りが熱く、しかも日本海のイカ釣りは今がトップシーズンらしい。次の釣りの予定は7月末とのこと。その場で予定を確認する。仕事が詰まっていて、どうしたって行けない。だけど、お二人とイカ釣りなんて絶対に楽しいだろう。釣り人は行かなければいけない時がある。二人にイカ釣りに連れて行ってもらうことを決めた。行き先は兵庫県豊岡沖だ。
初めての釣りはいつもワクワクする
釣りをしている方なら、わかるだろう。釣り方や道具立て、釣り場の情報収集は至福の時間だ。色々な情報を漁り、YouTubeで達人たちの動画を見ては道具をチェックする。妄想は広がり、釣りのイメージは膨らんでいく。LINEグループ内で敬三さんから指南を受ける。このやりとりもまた楽しい。
このシーズンの日本海では、白イカがターゲットになる。標準和名でいうとケンサキイカだ。釣り方はイカメタル。船からバーティカル(垂直)にイカを狙うゲームだ。仕掛けはシンプルで一番下に鉛スッテ(エギ)を付け、そのエダスに浮スッテ(エギ)を付ける。「イカメタルは色が大事で浮スッテは赤/緑とピンク、紫は必須。鉛スッテは基本20号の赤緑で、3〜4色くらいあれば良い。日本海の早い潮流に合わせて、25号、30号も少し必要」と敬三さんが教えてくれた。
近所の釣具屋を覗くが、イカメタルコーナはない。そう、僕が暮らす静岡市には、夜焚き(よだき)でイカを釣らせてくれる船がないのだ。本当はイカ目線で実物を見て選びたいところだが、ネットで一式を揃える事にした。普段、太平洋側で釣りをしている僕にはとって、知れば知るほど日本海のイカ釣りは未知の釣りであることがわかった。
我が家から475キロ離れた港へ向かう
道具立ては思ったより繊細だ。微細なアタリを取るためのソリッドな68MHロッド、カウンター付きのベイトリールにPE0.6を200メートル巻いた。一式のイカメタル用タックルを眺める。新しい道具の前に良いイメージしか湧かんでこない。
普段からアジングを嗜んでおり、竿先で細い変化を感じる釣りに似ているのかと想像を膨らましていく。道具も心も準備はできた。あとは仕事を終わらせて兵庫県豊岡沖に向かうだけ。そういや、豊岡って、どの辺りだろう。……我が家から475キロ。静岡から東京に行き、大阪、そこから飛行機で……。なんだかんだで500キロ。
往復で1000キロか!……まあ、なんとなるだろう。
静岡から10時間かけて日本海へ
今回のメンバーは僕を含めて5人。関東から向かう3人とNANGAのある滋賀県から車で向かう横田社長と敬三さん。関東組の木内さんや志村くんとは羽田空港で待ち合わせ。この二人もNANGAのスタッフだ。いったん、大阪国際空港(伊丹空港)に向かい、ATR42-600型のプロペラ機に乗り換えて、コウノトリ但馬(たじま)空港まで飛んだ。朝9時に静岡を出発し、但馬空港に着いたのが18時。空港に降り立った時の日差しは静岡と変わらず強烈だった。
空港で横田さんたちにピックアップしてもらい日本海まで出た。家を出てから約10時間。イカを釣るためにこんなに長旅するなんて。自然と鼻息は荒くなっていた。今回の釣行は2日間。両日ともに豊岡市小島(オシマ)から出港するえいき丸の半夜便の世話になる。翌日も同じ船に乗る。
イカのアタリはモゾモゾと来る
えいき丸は実績のある人気の船だという。船長も気さくで話しやすい。横田社長たちは先週も乗船していたそうだ。
釣船は船首(舳先)から船尾方向に、ミヨシ、胴の間、トモと名前が付けられている。この日は左右のミヨシから胴の間にかけての5席が我々の釣り座だ。イカメタルデビューの僕は左舷の胴の間に着席する。僕は横田社長の右隣に座り、釣り方を教えてもらうことになった。ありがたい。
港を出て40分程度で今日の釣り場に到着。釣り場まで近いのも豊岡の魅力らしい。この日は潮が速いため、アンカーパラシュートを流して船を潮流にのせながら釣るようだ。横田社長に今日の状況にあった鉛スッテの号数やおすすめカラーを教えてもらい、タックルを準備する。
船長の棚指示とともに、仕掛けを落としていく。初めて触るベイトリールのカウンターを頼りに指示された40メートルまで仕掛けを落とす。
少し誘ってステイ。さっそく、ヌメっとしたアタリを感じた。
「これか!」
合わせを入れるも乗らない。今のがイカのあたりなのか……。繊細なあたりなんだな。
イカの足の中でも長く伸び縮みする2本の足は「触腕」と呼ばれる。この長い足を伸ばして餌を捉え、残りの8本の足で包み込むように捕食する。触腕がスッテに触れた時に違和感があると抱く前にサッと離してしまうらしい。よしよし、今の感触でなんとなくイメージができた。横田社長にアタリがなければ仕掛けを入れ直すと当たりやすいと教わったので一旦回収する。仕掛けを入れ直し、誘ってはステイを繰り返す。
モゾモゾ。
イカが触っている気がする。だが、軽く合わせても乗らない。これを繰り返しているうちにどんどん自信がなくなってくる。このモゾモゾは本当にイカなのか。合わせるタイミングが遅いのか、早いのか。
仲間たちはテンポよく白イカを釣り上げていく。
焦ると余計に細かなアタリに自信が持てない。最初の一匹が遠い。
スッテのカラーをローテンションしたり、周りで当たっているカラーに合わせたりしても、状況は改善されない。そんな中、横田社長にアドバイスをもらう。指示棚の手前10メートルくらいからゆっくりと、誘いとステイを繰り返しながら、徐々に棚を下げていくという。指示棚の付近をゆっくりと誘っていく、ステイの時はスッテをビタっと止める。モゾモゾ、そしてビクッとした反応があった。すかざす合わせるとやっと乗った。横田社長、ありがとう!
グッと重たくなったリールを回す。夜焚きの白い光に照らされた透き通ったイカの姿は宝石のように美しかった。
その後、イカのアタリをなかなか掴みきれず、この日は7杯で終了。初日だから勘弁してもらおう。
仲間たちは口々に「今日は渋かった」と言いつつも、竿頭さんは32杯、横田社長も敬三さんも20杯、木内さんや志村くんも14杯とまずまずの釣果。僕にとっては、なかなか厳しいイカメタルデビューとなった。しかし不安だ。初日にイカ釣りのイメージが掴めきれなかったことが、明日の釣行をより不安にさせる。
釣り人は不調を道具のせいにする
翌日、不漁を道具のせいにして、アングラーズ豊岡店に足を伸ばしてみる。さすが、地元の釣具屋だ。静岡の釣具店と比べて素晴らしい品揃えだ。イカメタルの定番カラーのスッテが不調だったので、渋めのカラーや紫、黄色系とリーダーなどをいくつか買い足した。
ホテルで横田社長や敬三さんからアドバイスを受ける。話をしているうちに、改善点が見えてきた。一つは不慣れな垂直に下ろす釣りのため、縦に誘いを入れてアタリを取るにはリーダーが長かったかもしれない。長めのリーダーは潮に乗せて自然な動きを演出できるがアタリが取りづらい。一方で短いリーダーはエギの動きが不自然になり、食いつきが悪くなることもある。しかし操作性が良く、エギの動きをコントロールしやすいという。昨夜は60センチと長めのリーダーを用いたが、そのためにアタリが取れなかったのではないか。周りの釣果を見ると僕のスッテにもイカは触っているハズ。怪しい違和感はいくつかあったと思う。
もうひとつは、ラインのテンション。普段、僕は静岡のサーフでヒラメ、ベイエリアでアジングやシーバスなどを釣っている。いわゆる、ショアの釣りでルアーを引っ張ってくる釣りなので、ルアーは横方向にテンションがかかり、潮や海流を受ける釣りだ。オフショアの縦方向での釣りでは、鉛スッテは縦にぶら下がり、浮スッテは潮の流れで横向きにステイするというイメージは付くものの、本当にうまく横向きにステイできているのかは不確かだった。ここにイカメタルの極意がある気がする。今夜は短めのリーダーと新しく買い揃えた渋めのカラーのスッテでやってみよう。そんな話をしていると、横田社長がオモリグという釣法を教えてくれた。
イカメタルに悩む僕にオモリグの誘惑
オモリグとは、20~40号のオモリを中間にセッティングし、1ヒロ程度のリーダーの先にエギを使用するいわゆる中オモリ式の仕掛けのこと。
船上から、集魚灯の明暗部分へキャストして、テンションフォールでアタリをとる釣りだそうだ。イカメタルでは、カウンター付きベイトタックルでのバーティカルゲームが主流だが、山陰、北陸エリアなどでは、スピニングタックルでキャストする「オモリグ釣法」も確立されている。イカメタルとオモリグを状況に合わせて使い分けるのが、この海域の主流とのこと。横田社長の話を聞いていると、こっちの釣りの方が僕にはあっているではないかと思いつつも、まずは、イカメタルをものにしたい。
今日は昨日より少し早く夕方からの出航。さて、昨日のリベンジだ。
海に夕陽が沈んでいく、船長は巧みに潮を読みながら船を流すルートを探していく。あたりの光は徐々に失われていく。集魚灯が着き、船上は煌々と照らし出される。このライティング、舞台の役者になったような気がする。船長の号令を聞き、ゆっくりと仕掛けを海に落としていく。今夜の海は流れが早く、さらに逆潮(サカシオ)で条件は良くないようだ。
しばらくすると、集魚灯が効き、魚が集まってきた。表層に小魚が集まり、それを捕食するサバが水面を賑やかす。
その頃には、少しずつイカが釣れ始めていた。ラインは潮に押され、斜めに流れていく。やはり、今夜の潮の流れは速い。鉛スッテの号数を重くする。集魚灯の灯りが届く深さで、浮スッテの動きを観察する。こんな余裕は昨夜の僕にはなかった。短いリーダーは浮スッテをきれいに横に流している。浮スッテがゆらゆら揺らめく姿を確認して、指示棚まで落としていく。すると、イカが浮スッテを触る感覚が伝わってくる。モゾモゾ。軽く合わせを入れるとグッと重さが加わる。よし、乗った!
周りで釣れるイカの数は少ないが、昨夜に比べたら僕の釣果は上々だ。仲間たちも悪状況の中、上手に釣っていく。気持ちに余裕が出てくると、スッテをテンポよくカラーローテーションしたり、釣れないカラーに見切りをつけたりと判断もよくなってくる。「釣らないと釣りは上手くならない」というのは本当だと思う。
借りたタックルでイカを釣る
やがてイカメタルでの反応が徐々になくなってきた。棚を変えたりエギをローテーションする厳しい時間帯が続く。
「オモリグやってみる?」と、横田社長がタックルを貸してくれた。40号という普段、使うことのない重さのリグを、船縁からアンダーキャストで、集魚灯の明かりの淵に向かって投げ込む。棚はスピニングリールから出ていくラインの色で取る。何度か投げては、フォールさせてを繰り返す。なんとなく雰囲気を掴めてきた。
キャスト後、フリーで素早く棚までエギを落とす。キャストした分の距離を使って、テンションフォールでイカを寄せてくる。孤を描きながらフォールするエギが垂直に戻る手前で、コツンっと当たった。テンションを掛けてフォールさせている分、あたりも明確で合わせも入れやすい。これは楽しい。しばらく、このタックルを借りておこう。
コツを掴むと面白いように釣れる。
「数釣りではイカの群れにダイレクトでアクセスするイカメタルの方が取れるけど、状況によってはオモリグの方がハマる時もあって、サイズも良い場合が多い。イカメタルとオモリグを上手に使い分けるのが、日本海のイカ釣りなんだ」と横田社長は言う。
数匹のイカを追加して、今回のイカ釣り旅も終了だ。
初めての日本海でのイカ釣りは満足のいく釣果ではなかったけど、とても良い経験になった。イカ釣り奥の深さの入口を覗くことができた。帰り道に敬三さんから、静岡県の沼津でもイカメタルができる船があると聞いた。日本海側の釣り方やタックルとは少し違うようだが、いろんな釣りをしてみたい。次は計画的に仕事を終わらせ、片道30キロの近所の海で太平洋のイカを狙ってみようと思う。