
それでも夏の思い出が僕を
フライフィッシングへと駆り立てる
夏にフライフィッシングで訪れたとき、遠くにそびえる大雪山がずっと心に残っていた。そして、冬の表情を見たいと再び旭川へと足を運んだのだ。その光景はまるで異国の地に足を踏み入れたかのよう。平地では雪を見ることすらない僕の街とここの景色は別世界。地元でももう真冬だと思っていたけど、今思えば、あれはほんの序の口だった。
雪化粧の大雪山に会いたくて

僕が住む島根から旭川まではどうやったって一回の乗り継ぎが必要で、飛行機移動だけでも最短で片道約5時間強。ここにやってくるには海外旅行に出かけるくらいの気合いが必要で、結局自宅から宿に着くまでにほとんど1日を要した。移動で疲れるってわかっていたから、イエティナの上下を着ていて正解。スウェットともニットとも違う柔らかな素材感は唯一無二で、どこでも部屋着のようにリラックスできるからお気に入り。きめ細やかな裏起毛に包まれていると暖かくて、飛行機内でも旭川の安宿周辺を散策している時でも、そんなに寒さを感じることはなかった。

翌朝、レンタカーに乗り込んで向かったのは大雪山の麓。この旅の目的のひとつであった雪山ハイクを早速実行に移す。5日間という限られた時間をどう遊び尽くすかあらかじめ考えていたが、滞在中は天候にも恵まれて予定通りに事を運べそうだ。ハイキングは好きで冬山も何度か登っているけど、今回はソロだし本格的な雪山に立ち入る装備も持ってこれなかったから軽装で程よく山歩きができればと思っていたけど、そんな僕にちょうど良いルートが運よく存在した。

黒岳ロープウェイは日本最北のロープウェイらしく、標高670mの山麓駅から標高1,300mの5合目まで一気に上昇。ちょうどこの日が今期のスキー場開きの日で、僕も欲を出してスキーヤーとスノーボーダーにまじってリフトに乗って標高約1,520mの7合目まで向かった。
1,000mを越すと一段と厳しい寒さが待ち受けていて、肌が露出している部分は痛いほど。流石にリフトで揺られている間は寒風が肌に沁みたが、高い位置からの景色はその払った代償にお釣りがくるくらい。僕はスノーボードとかはやらないから、こうして冬山を見下ろすっていうのはワクワクしてしまうのだ。

リフトを降りて林道を進む間は、時折木々の間から壮大な稜線が見え隠れ。厳かな山塊のシルエットは純白の雪に包まれ、夏山とは違う息をのむような美しさを放っている。
わずかに雪が積もるトレイルをたどってハイクアップしてみたものの、冬山の奥深くへ踏み込むための装備までは持ち合わせていない。とはいえ、寒空に映える山並みをしばらく眺める余裕があったのは、イエティナに身を包んでいたおかげだろう。湯気のように立ちのぼる熱い息と、冷たい鼻先の鮮烈な対比がなんとも贅沢なものに思えた。

雪を踏みしめる音と息づかいだけが聞こえる静寂は、まさに冬山の醍醐味だ。本格的な冬山装備がなくとも、短いトレイルを歩くだけで、冬の山の魅力を十分に味わうことができる。次は旅のついでではなく、しっかり準備をして、あの稜線の向こう側まで行ってみたい。そんな思いを胸に抱きながら、僕は雪に覆われた黒岳を後にした。
寒いけど暖かい北の町


山を降りて訪れたのは、東川町にある友人のカフェ「ノマド」。薪ストーブのやわらかな炎とフライフィッシングとスノーボードを愛する吾郎さんが、僕をあたたかく迎えてくれる。
「今日の山はどうだった?」という開口一番の問いに対し、「想像以上に寒かったよ。でも見渡す景色は最高だった」と僕が応えると、吾郎さんはうれしそうに微笑んだ。
「旭川の冬は最低気温がマイナス15℃を下回る日もあるからね。道外の人からするとやっぱりびっくりする寒さだろうね。でもスキーやスノーボードじゃなく、釣りのためにわざわざ冬に来るなんて相当の物好きだね君は」。そう笑いながら、冷えた体を芯からほぐしてくれるコーヒーを淹れてくれた。

住所:北海道上川郡東川町東町2丁目3-20
tel:0166-85-6100
12:00~18:30 木曜休
半年ぶりの再会だけあって、話題は尽きない。僕が人生最大のキハダマグロを釣ったときの興奮や、東京と島根の二拠点生活の苦労話、仲間と一緒に立ち上げたライフスタイルショップでの奮闘などなど、吾郎さんは親身に耳を傾けてくれる。
東川町は、移住やUターン組が多く訪れる土地らしく、「ノマド」のカウンターにも同じように悩みや夢を抱えた若者が集まる。吾郎さんはそんなお客さんから仕入れた地域の情報や、自身の経験談を教えてくれた。

北海道のこと、アウトドア遊びのこと、そして人生の楽しみ方まで、このカフェは地元の人々や旅人が集まり、情報が交わる場所。その店主である吾郎さんとの会話には、いつも僕の好奇心を刺激するヒントが隠されているのだ。

夏に来たときは青々とした稲が田んぼを覆い尽くしていて、賑やかな印象があったこの町の風景。冬はその代わりに稲株が並び、雪と氷が水田を凍り付かせている。そんな景色が珍しくて、腹ごなしに散策していると、足元から雪が粉のように舞い上がる様子を目にした。この厳しい寒さが、北の大地ならではの特別な雪質を生み出しているのだ。ひどい時は外にいるだけでまつ毛が凍ってしまうこともある東川町。寒さが肌に痛みとして感じられるほどだった。

真冬のフライフィッシング
この旅の目的は、冬場のフライフィッシング。禁漁期間のない北海道で、僕はオフシーズンのフラストレーションを解消しようと、翌朝に忠別川を訪れた。夏にここで繰り広げたニジマスとの壮絶なファイトの記憶が、また僕をこの川へ引き寄せたのだ。
今朝は河原に新たな雪が積もり、冷たい川がそれを溶かしながら静かに流れる。他に釣り人のいない荒涼とした冬の世界の中で、僕は寒さを忘れて純粋な好奇心に突き動かされていた。

僕の釣り好きは小学校の頃から。島根が地元だから海釣りがメインで、フライフィッシングをするようになったのは7年ほど前だ。はじめは渓流にばっかり行っていたので、どちらかというとフライはダイナミックな釣りというより、繊細さや釣れないという難しさを楽しむものだと思っていた。しかし、2年前に友人と回った北海道でのフィッシングトリップが、僕のブレイクスルーになったのだ。
本州の渓流しか知らなかった身としては、北海道の濃い魚影と川で楽しめる力強い引きには衝撃を受けたし、それまでの常識が大きく覆されたといっていい。さらに、イワナやヤマメ、ニジマス、ブラウンに加えて、アメマス、イトウ、オショロコマと魚種も多いから、その魅力は尽きない。

今回の釣り旅で持ってきたのはシングルハンドの6番のロッド一本のみ。これさえあれば、川も湖もある程度カバーできるし、何より魚との駆け引きに集中できると思ったからだ。
釣りは今日を含めて3日楽しむ予定で、まずは前にいい思いをさせてくれた忠別川から始めて、その後、道北の川も何本か探ってみようと思っている。
忠別川は前日に滞在していた東川からも近く、アクセスしやすい割に夏はヒグマスプレー必須なくらい自然豊か。どうせならここで幸先良く釣り上げたい。そんな期待を胸に抱いて、雪に覆われた川を進む。

久しぶりのキャスティングに思わず顔がほころび、餌の少ない冬の川底で水生昆虫を追う魚の姿を想像する。冷え切った流れにニンフを沈め、そのラインの先に視線を集中させる。凍りついた川面が突然割れ、ニジマスが飛び出す……そんな劇的な瞬間を期待しながら、凍ってしまいそうなタックルを握る。

最初の獲物が姿を現したのは、釣りを始めて2時間ほど経った頃。そろそろ川を見切って下流のダム湖に移ろうかと考えていた矢先だった。流れに平行に倒れ込んでいる流木の脇を狙い、ニンフを転がすように送った瞬間、ロッドが激しくしなって重みが伝わってきたのだ。
小刻みに頭を振りながらも一気に走る。この力強い引きは、多分アメマスだろう。ラインを掴む指先はかじかんでいるのに、胸は熱く高鳴っている。焦ってバラさないように、落ち着いて次の走りを待つ。揺れる水面から少しずつ魚体の姿が見え始め、慎重にフライラインを手繰り寄せて浅瀬へ誘導……。しばしの格闘の末に観念したアメマスは、冬の川に溶け込むような淡い斑点が美しく、堂々とした威厳を漂わせていた。

再び静寂に包まれた川で、早まる鼓動だけが際立って感じられる。幸先よく手にした一尾が嬉しくて、思わず独り言のように歓声をあげた。見たところ50cmオーバーで、60cmあるかないかというところだろう。きっと北海道にはまだまだモンスター級の魚が潜んでいるはずだが、この一尾は今後の数日に対する期待を膨らませるには十分。
ひょっとしたら、今回は夏に味わった感動を凌駕する釣り旅になるかもしれない。そんな予感に胸を弾ませながら、僕はラインで弧を描き続けた。
2024-25 COLLECTION

兵庫県加古川市のニットメーカー「ワシオ株式会社」が誇る独自の起毛技術を活かした、防寒アパレルを展開するファクトリーブランド。 2014年の設立以来「日本から“寒い”をなくす」というテーマを掲げ、唯一無二の裏起毛生地がもたらす機能性を追求。アウトドアフィールドでも力を発揮する抜群の保温性と、リラックスウェアにもなりうる柔らかく快適な着心地を両立させ、時代を超えて愛用できるスタンダードなデザインに落としこんでいる。