~対馬ヒラスズキ遠征~
週末の釣り遠征へ
釣りに行くと言えば仕事終わりの夜中もしくは早朝から車を走らせて、釣り場に向かうというのが一般的であると思います。
しかし、仕事終わりに公共交通機関のみを利用して楽に秘境の釣り場に赴くことができたらどうでしょうか?ワクワクしませんか?
大阪から金曜日の仕事終わりに新幹線とフェリーを乗り継げば、土曜の朝には秘境に到着してしまう。そんなアクセスは容易なのに秘境の残る場所。“長崎県対馬”に大学時代の友人を誘ってヒラスズキ狙いで向かうことにしました。
金曜日に仕事を終わらせ、職場に持ちこんでおいたバックパックとトートバッグを持ちそのまま大阪駅に向かいました。仕事を終えてクタクタではありますが、そこは対馬に向かうワクワクには敵いません。拍車をかけるように新幹線でSNSを開くと対馬のロコアングラーがヒラスズキの釣果を載せていました。明日にはこの魚に出合えるのかと妄想が膨らむばかりです。「どこのポイントに入ろうか?」「対馬のヒラスズキはどんな強烈なファイトをしてくれるのか?」と妄想をいや、脳内予行練習をしながら缶ビールをあおる手は止まりません。
19時過ぎに出発した新幹線は22時には博多駅に到着し、博多駅で合流した友人と夕飯を済ませ対馬に向かうフェリー「ちくし」の停泊する博多港に向かいました。フェリーは24時に出発して翌土曜日の4時には対馬厳原(いづはら)港に到着する予定ですので、ゆっくりと船の中で睡眠を取ることができますし、朝4時に到着するので朝マズメから釣りができ、釣り旅にありがちな睡眠不足や移動で時間を無駄にしてしまうこともありません。
対馬とヒラスズキ
多くの釣り人が憧れるヒラスズキ。なぜ対馬で狙うのか?
対馬では最大サイズ(90㎝~1m)や、サイズ問わず体高がありコンディション抜群の個体をコンスタントに狙うことができる夢のフィールドだからです。また、ヒラスズキのシーズンである12月初旬は冬型の気圧配置のため強めの北西風(風速8~14m)が吹きヒラスズキを狙うにあたって必要なサラシ(波が岩に打ち付けられ、砕けて白波が海面に広がる状態)が広がるような荒れた海になりやすいのです。
予想外の対馬
フェリーから降りると、ビューと冷たく芯の冷えるような強風に煽られました。あれ?風が予報よりかなり強いし、気温も低くないか?少し嫌な予感がしました。予報より早く韓国からの強烈な寒波が到来しているようです。
「なんでこのタイミングで…」
そんなことを思いつつも1カ所目に予定していた下対馬のポイントに向かうとやはりと言うべきか風速15mは優に超えており、磯に立つことすらままなりませんでした。風に煽られてよろけて1歩、また1歩と後退してしまいます。
「風が強すぎる…釣りどころじゃないぞ!」
冷たい北西風が直撃する下対馬エリアでの釣りは早々に断念し、風を避けられる上対馬エリアで釣りをすることにしました。
「ここなら少しは風が落ち着くだろうさ」
その予想は的中し風速8m程度と最適な風の強さでした。これなら釣りはできる!と磯を歩き岬の先端に差し掛かると「あれ、韓国だよね?」と友人が私に声をかけました。顔をあげると、寒波のおかげか空気が澄んでおり、対岸にうっすらと韓国を拝むことができました。日本で外国を目視できる場所は与那国島からの台湾。稚内や根室からのロシア。そして、ここ対馬からの韓国だけです。
韓国を眺めた岬を回り込むとそこからがポイントです。濃すぎず、薄すぎない絶妙な濃さのサラシが磯一面に広がり、これぞヒラスズキポイントというような光景が広がっていました。これは釣れたぞ!とまだ釣れてもいないのに心拍数が上がるのを感じました。しかし、その期待とは裏腹にどれだけいいコースでルアーを流してもヒラスズキからの反応は得られません。「あれ?」少し違和感は覚えつつ、サラシにヒラスズキが着いていないことは割とあるので、切り替えて次のサラシ、次のサラシと狙っていきますが反応がありません。頭に「?」が浮かびます。さすがに何かおかしい。
「急な水温変化を嫌ってショアから離れているのかも。もしそうなら1匹を釣るのすら厳しいかもしれない。やばいなぁ…」
焦りと共に竿を握る手にいつもより少し力がこもります。焦りを落ち着かせ竿を振り、磯際ギリギリのヒラスズキが好きそうな場所にルアーを送り込みます。ルアーがサラシと流れに馴染むとルアーの振動が心地よく手に伝わってきます。あぁ、これは釣れるな。というなんの根拠もない予感がしました。「コツ」ん?アタリか?次の瞬間。
真っ白なサラシを割るように銀色に光る魚体が海面に浮かび上がりました。サラシの下からヒラスズキがルアーを食いあげたのです。
「よっしゃ!!」
しっかりとアワセをいれ、鈎が掛かったのを手元に感じた瞬間からヒラスズキはガバガバと激しいエラ洗いをしてルアーを外そうと抵抗します。
「やばい、こいつ、めちゃくちゃエラ洗いするじゃん!頼むからバレるなよ…」
ヒラスズキのエラ洗いを防ぐため、無理に魚を引っ張らないように犬の散歩をするかのようにロッドでラインテンションをコントロールしてファイトをします。魚が寄ってきたらリールをそれに合わせて巻き、沖に走ればラインを出して。ゆっくりゆっくりと寄せてきます。
寄せてきたヒラスズキが瀬際にいるのを確認し、波が上がるのを感じた瞬間、さっきまでのゆっくりとしたファイトから一転し、一気にリールを巻き上げ魚との距離を縮め、波が引ききる前に磯にランディングをします。その瞬間、最後の足掻きとばかりに付いていたルアーが外れてしまいました。「危ない、間一髪セーフだった!」
ついに待望の対馬のヒラスズキを釣ることができました。50cm弱と小さなサイズですが、この厳しい状況下での1匹はサイズ関係なく嬉しいものです。
興奮冷めぬままタイドプールに魚を落ち着けて見入ってしまいました。
英名︰Blackfin Seabass。
名前の通りヒレは黒く染まり、それに反するように銀色に光り輝くウロコ。いつ見てもヒラスズキは、かっこいい。特にこの個体は私の思う理想的な体型をしていました。頭が小さく目の大きさが際立ち、頭から背中にかけて急に体高が盛り上がる、アロワナを思わせるようなスプーンヘッド体型。この対馬らしい素晴らしいプロポーションのヒラスズキを拝めただけで、対馬に来たかいがありました。
この1匹で満足してしまい釣りを終わらせて駐車していた漁港に戻ると、地元の漁師が「何狙いだ?釣れたか?」と声をかけてくれました。
「ヒラスズキ狙いです!1匹かっこいいヒラスズキが釣れました!」
「そうか!それは良かったな!」
せっかくなので少し話をしていると、「あそこのポイントは魚が多いぞ。」「あそこは満潮になると危ない。」「逆にあっちは満潮でも安全に釣りができる。」といろいろとありがたい情報を教えてくれました。
こういう地元の方とのコミュニケーションも釣り旅の楽しみの1つだなとしみじみと感じました。
ほんの少しの観光と帰宅
最後に対馬を後にする前に見たかった「万関橋」を訪れました。この橋は対馬島を上下に分ける水道に架かる橋で、この水道は日露戦争時に日本海軍が戦艦を通すために掘削した場所だそうです。ネットで調べたうんちくをいかにも博識者のように友達に話したのも束の間、橋から海を見ていると「あそこの流れのヨレに魚ついてそうじゃない?」と海を観察しだすただの釣り人に戻ってしまいました。また、ここに来る道中に松の木の緑ともみじの赤のコントラストが美しい場所を見つけたりもしました。
ほんの少しの観光も終え、日曜日の13時15分発のジェットフォイルに乗り、対馬厳原港を後にしました。この時間の船に乗ると大阪駅にも19時には戻ってこられ、翌日からの仕事にも影響がでず非常に体力的にも精神的にも楽な釣り旅でした。
日本は公共交通機関が発達しているため対馬のように公共交通機関だけで行くことのできる僻地。離島というのは案外多いものです。みなさんも気軽に釣り旅をしてみてはいかがでしょうか。
最後に、安心・安全な釣行のために
磯でのヒラスズキ釣りは、通常の堤防や船での釣りに比べて危険性が群を抜いて高い釣りです。磯という危険性が高い場所に、サラシが広がるような海が荒れた状態で釣りをするのですから危険極まりないです。実際に年に何人ものヒラスズキアングラーが亡くなっています。今さら言うような話ではないですが準備不足や過信で命の危険を招く釣りです。ヒラスズキに興味を持ったら一度『ヒラスズキ 釣り』と検索してみてください。全てのサイトで「危険」「死」という言葉が飛び交っています。
ビギナーはもちろん、経験者であっても基本的には2人以上で釣りに行ってください。万一の際に単独ではどうすることもできません。厳しい自然環境下で行うエクストリームフィッシングということを常に忘れない心構えが必要です。
パックロッドのススメ
パックロッドは移動中の利便性だけでなく、地磯のヒラスズキや青物釣りのように、山を登ったり降りたり、岩場の壁を横断したりと危険を伴う釣りにおいて、安全性を高めることができるというメリットもあります。バックパックに竿を仕舞っておけば両手が空くのでかなり安全に行動することもできます。何よりも安全が大切です。せっかくの楽しい遊びがケガで台無しになるのは避けたいですからね。
黒神樹
1999年生まれ。
釣具メーカーGAMAKATSUでルアー用品の企画に携わっている。
春から夏は全国の在来種のイワナ釣り。秋から冬は和歌山と徳島県を中心にヒラスズキ釣りを日課としている。また、釣り旅が特に好きで1尾との出会いを大切にすべく各地を巡っている。